エゴ・エイミー
出エジプト記3:14で、モーセに顕現された神は、 「わたしはある。わたしはあるという者だ。」と答えられました。
出エジプト03:14 神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」
Exodus 03:14 (NIV) God said to Moses, "I am who I am. This is what you are to say to the Israelites: 'I AM has sent me to you.' "
総説・図説旧約聖書大全(講談社)によると、この出エジプト記3:14の、 「わたしはある。わたしはあるという者だ(I
an who I am)」と言う言葉は、ヘブライ語では、「エヒイエ・アシェル・エヒイエ」と言う言葉だそうです。、
「エヒイエ」は、「ある、いる」を意味する「ハーヤー」の一人称単数未完了形だそうです。
未完了形と言うのは、ヘブライ語独特の時制で、動作がまだ終わっておらず、引き続いていく状態を意味するそうです。
ですから、神が、「わたしはある(I am who I am)」と仰ったのは、「過去から存在して、未来永劫に存在する」と言う意味でしょう。
聖書の神の名(主の名)、「ヤーウェ(Yahweh:hwhy)」は、ヘブライ語の「ある、いる、生きている」を意味する、「ハーヤー(hyx)」の使役形から派生したものと考えられています(注1)。
また、聖書では、「神」は、「エロヒム(エローヒーム)」('elohiym:~yhiloa/)と、エル('el:神)の複数形で記されていますが、これは、唯一、至上の神を表す表現なんだそうです。
ですから、聖書の神は、唯一神です。
旧約聖書大全の245頁の訳注によると、ユダヤ教では、神の「愛」(ラハミーム)の側面を示す時には、「ヤーウェ(hwhy)」と神の名を記し、また、神の「義」(ツェダカー)の側面を示す時には、「エロヒム(エローヒーム:~yhiloa)」と記したそうです。
旧約の時代、神の名(主の名)を唱えることは、禁じられていたので、「ヤーウェ(hwhy)」(YHWH)と記された部分は、「主」(アドナーイ)と発音していた為、正確な発音が、不明になってしまったそうです。「hwhy」(YHWH)は、中世キリスト教では、「エホバ(Jehovah)」と発音されたが、最近は、「ヤーウェ(ヤハウェ:Yahweh)」と言う発音が正しいと言う説が多いようです。Jehovah(
ところで、ヨハネ伝で、イエスが、ユダヤ人の前で、 「わたしはある(I AM)」と、宣言しています。
ヨハネによる福音書08:58 イエスは言われた。「はっきり言っておく。アブラハムが生まれる前から、『わたしはある。』」
John 08:58 (NKJV) Jesus said to them, "Most assuredly, I say to you, before Abraham was, I AM."
この、「I AM」の部分のギリシャ語訳は、 「εγω ειμι (エゴ・エイミー:egw eimi:ejgw; eijmi)」です。
また、この、「I AM」の部分のラテン語訳は、「ego sum」です。
イエスが、「エゴ・エイミー(わたしはある)」と宣言された時、当時のユダヤ人たちや祭司たちは、イエスが、「自分は神である(私は、神のようにあってある者だ)」と宣言していると受け止め、反発したものと、思われます。
なお、新訳聖書は、(ヘブライ語やアラム語でなく、)「コイネー」と呼ばれる、ギリシャ語訳聖書が原本になっています。
注1:ハーヤー(hyx)の意味は、J-ばいぶるによると、ある、いる、生きている、いのちがある、いのちを与える、と言うような意味がある。
「主は生きておられる」(詩篇18:46など)は、「主はある」と言うような意味と思われます。
引用文献
・日本聖書協会の新共同訳聖書.
・総説・図説 旧約聖書大全(講談社、2003年).
・J-ばいぶる 1st 2000 CD-ROM、日本コンピューター聖書研究会(いのちのことば社).
・J-ばいぶる 2nd for Win Ver.2.0 CD-ROM、日本コンピューター聖書研究会(いのちのことば社).
・J-ばいぶる 3rd for Win CD-ROM、日本コンピューター聖書研究会(いのちのことば社).
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